引っ掛かってしまった

ふらりと入ったアウトドア屋さんで、
トレッキングブーツに見入ってしまった。
夏に富士山に登るとか、登らないとか・・・。
どうしようかな。
先日、友人と話していて、
彼が言った、あるキーワードが、とっても引っ掛かってしまった。
それは、「成功者」という単語。
私は、普段「成功者」という単語を口にしない。
というか、今までほとんど口にしたことが無いような気がする。
私の周りの他の友人達からも、聞いた記憶がないように思う。
だから、それが一体どういう人のことを言っているのか、
まるでピンと来なかったのだ。
なのに、それをあまりにもサラリと何度も言うものだから、
「 “成功者” とは、一体どういう人のことを言うのか?」
と、思わず聞き返してしまったのだ。
彼は彼で、驚いていた。
恐らく、「何故、そんなことも分からないのか?」と思ったのだろう。
その後、彼なりの「成功者」像を聞かせてくれたが、
正直、あまり納得のいくものではなかった。
個人的には、もし仮に「成功者」という言葉があるのだとすれば、
「成功者では無い人は、つまりは全て「失敗者」なのか?」
と思ってしまう。それは違うだろう、と。
(まぁ、これも極論なのだろうが・・・)
その人の人生が成功か?失敗か?
それは、本人が判断すれば良いことで、
周りが、とやかく言えるもの(判断できるもの)ではないように思うし、
そもそも、本人ですら、考える必要が無いことのように思う。
だから、そもそもそのような単語自体に、意味が見出せない。
言葉というのは、とても便利だけれど、
時として、「単語」自体が一人歩きしてしまう時があるから、
注意が必要だ。
「オレオレ詐欺」が、途中から「振り込め詐欺」に名称変更されたように、
本来の意味や背景を全てすっ飛ばして、
たまたま付けられたネーミングだけで、解釈されてしまう場合もある。
また、広く一般的に周知・共通認識がある言葉であれば良いけれど、
それが、一部の人達にしか伝わらない単語の場合には、
より注意が必要だ。
無駄な誤解や軋轢を生むこともあるし、何しろ正しく伝わらない。
「成功者」という単語にも、私はそうした危険性を感じて、
だから、具体的にどいういう人を指すのか、聞いてみたのだ。
「成功者」という単語を、単純に「語感」の印象からだけ判断すると、
どうしても、「地位」や、「お金」など、
比較的、見た目で分かりやすいものを尺度に、
語られているような気がする。
でも、人の人生の価値が「地位」や「お金」などで語れるほど、
そんな、薄っぺらなものではないだろうに、と思う。
それをたった一言で、「成功」「失敗」というのは、余りにも乱暴に思う。
自分や家族が健康なこと、親しい友人が周りにいること、
両親や兄弟の仲が良いこと、周りの人に感謝の気持ちでいること、
職場での上司・部下や同僚のとの信頼関係があること、
愛情や信頼に溢れた毎日を過ごせること、
子供が良い友達や先生に恵まれること、
適当に用意したハンガーの数と洗濯したシャツの枚数が、
ちょうどぴったり一緒だったりすること、
・・・そして何より、本人が幸せだと感じていること
人生が成功しているかどうかは、決して「地位」や「お金」だけでなく、
色々なものが複雑に絡みあって出来ているはずである。
そして、「幸せかどうか?」が、何よりも大切なことだと思う。
以前、このブログで、「幸福のパラドックス」という記事を書いたけれど、
実際、「お金」の多寡と、「幸福度」は比例しないようだし、
私もそう思う。
そんな訳で、「成功者」という単語にとても引っ掛かった、という話。
もっとシンプルに「大金持ち」とか、「大企業の社長さん」
「大金持ちの慈善活動家」などと言ってくれたら、
わかりやすかったかも知れない。
Posted at 2010年05月24日 23時50分00秒 [その他]
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